不良ミニマリスト するべき努力としなくていい努力

不良ミニマリストとは、「周囲を気にせず、自分の好きにフォーカスする人」。

思いやりを捨てて好き放題やるとか、自分が良ければ他人はどうでもいい、ということではありません。

例えば、女だから、母だから、妻だから、社会人だから、などという理由で惰性で行ってきたことを、一旦リセットする。

ここから自分専用のカスタマイズされた人生が始まると思うのです。

 

そのためには、「するべき努力」と「しなくていい努力」を見極めることが重要。

モノを手放す時と要領と同じです。

なんとなく人生つまんないな、とモヤっている方へ、少しでもご参考になれば嬉しいです!

1.するべき努力

「するべき努力」とは、人生に必須な「ポジティブで重要な努力」。

私の考える必要な努力を共有します。

好きなことを実行するための勉強や貯金

人生を実り豊かにするための燃料ともいえます。

好きな仕事に就くための修行や、憧れの地位につくための資格取得。

好きなものを身につけたり、好きな場所へ出かけたり、趣味に没頭するための資金作り。

しかしながら、勉強や貯金には我慢がつきもの。

でも自分の想像を超えるほどのリターンが待っているのも事実です。

歯を食いしばって燃料を貯める時期は必須だと思っています。

自分が健康でいられるための食事や運動

ジャンクフードが大好きで運動ギライな私ですが、幸せになるために健康寿命は延ばしたい。

たとえどんなに成功していたとしても、心身がボロボロだったら何もできないんですよね。

そのためどんな小さなことでもいいので、無理のない範囲で何か初めてみることが大切だと思っています。

私が現時点で継続していることが、

白湯を飲む、よく歩く、毎晩のストレッチ、年中バスタブ入浴。

たったこれだけ。

これ以上のことは、面倒くさがり屋の私には無理です。

でも、これだけでもやるのとやらないのとでは、10年後に大きな差が出ているはず。

充実した人生を送るために、できる範囲から努力していくことが継続の秘訣だと思っています。

好きな事を続けるための面倒ごと

いくら好きなこととはいえ物事を継続する上で我慢はつきものなのだ、と歳を重ねて実感します。

例えば、苦手な作業、苦手な人間関係、好ましくない労働環境。

ここで大切なのは、この面倒を乗り越えるメリットがどれだけあるか、ということです。

例えば、

少し苦手なシステムだけど、これをスキルに加えたら仕事の幅が広がりそう。

家から遠い職場だけど、スタッフが有能で得るものが多い。

考え方が全然違う同僚だけど、うまく仕事を運ぶために積極的にコミュニケーションをとってみる。

こんな感じで得るものがある場合、腹をくくって乗り越える覚悟をします。

これは乗り越えたらどんな得るものがあるだろう?

この質問に対し「え、何もないかも…」と判断したら「しなくていい努力」へささっと移行しちゃいましょう。

2.しなくていい努力

「しなくていい努力」とは、努力したところでなんのメリットもない努力。

ほぼ100%自分の我慢の上で成り立っている残念な努力のことですが、意外とやっていたりするものです。

合わない組織に所属し続ける

職場、友達、親戚、家族。

自分の気持ちを押し殺すことでなんとかその場にいられる組織に所属していたら、その時点ですでに赤信号です。

ルールの押し付け、理不尽な主従関係、いじめ、派閥など「なんか自分、無理してない?」と何度も思うことがあれば離脱をお勧めします。

たとえそれが血の繋がった家族でも、苦労して入社した会社でも、です。

世界は思っているよりも広い。

そこから抜ければ、自分に合う組織や仲間はまた見つかるのに。

「ここはヤバい」と感じたら我慢して様子などをみず、即立ち去ることが人生を無駄なく楽しめる秘訣だと心から思っています。

好きでも得意でもないことを継続する

上の内容と少し類似する内容ですが、好きでも得意でもないことをなぜか続けてしまうということがあります。

これは私の例ですが、他人のお世話が得意な方ではないのに、なぜかホテルフロントや空港のグランドスタッフ、秘書のような仕事ばかりに就いてきました。

就職のきっかけは本当に「たまたま」としか言いようがないのですが、せっかく仕事を始めたのだから辞めたらもったいないとなぜか思い込み、我慢を続けた結果、ストレスで鬱になりました。

好きでも得意でもないのだからモチベーションが上がるわけがなく、当然周囲からの評価も低いままでした。

今となっては笑い話ですが、シンプルに時間の無駄でした。

今やっていることは好きなのか?はたまた得意なのか?

そのどちらでもないことに貴重な時間を費やすのは、育たないファンドに投資し続けることと同じだと思います。

習慣やしきたり

年賀状、盆暮正月の帰省をやめてかなりスッキリしました。

人間が考えたものは、人間が変えてもいいのでは?と思うようになってからは、気兼ねなく卒業できるようになりました。

そう考えると、ほとんどの世の中のしきたりは破っても問題ないのだと思うくらい!

もちろん、お葬式に華やかなドレスで参上したり、クライアントに会うのに上下スウェット、というのは抵抗あります。

できる限り相手を不快にさせないよう配慮しつつ、自分の領域も死守する、

この絶妙なバランスが重要で、こういう不良センスはおそらく30代以上の日本人女性なら相当得意なのではないかと思うのです。

例えば年賀状なら、「私が年賀状をやめたところで、誰かが大恥をかいたり、病気になるほどショックを受けるか?」で判断し、もしそうでなければ潔くやめてしまいます。

実際に年賀状辞退のメールを出した時、快諾してくれる友人ばかりで「私もいつ辞めようか迷ってる」という悩みの返信すらもらったくらいです。

帰省に関しても、同じで両親からのリアクションは薄かったです。

意外とそんなもんってこと。

思い切ってやめたら、年末年始やGWの予定がスカスカになり、今まで以上に待ち遠しくなりました。

さいごに

「人生は思った以上に短い。」

「世界は広い。」

「周囲の人は、あと50年もすれば跡形もなく消えている。」

周囲の目を気にしそうになった時や、自分の可能性を狭めているなと感じた時にいつもこう唱えています。

もし何かを「やらない」と決めたら、初めはビクビクするかもしれない。

けれど、大抵の人は自分のことで手一杯で気にも留めないというのが現実なのです。

やらなくていい努力は1日も早くやめて、必要な努力に全力投資する。

ものすごい力で人生が動き出すと思います!

皆さんのやる・やらない努力もぜひお聞かせください。

 

 

 

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